Yasumasanta Weblog

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夏の“あたりまえ”について思うこと

 
日の夜、ゴキブリを
 
  何のためらいもなく殺しました。
 
 
ゴキブリ」ってだけで。
 
 
 カサカサと動き回るのが
気持ち悪い」ってだけで。
 
 
 衛生面だの、
 
 生理的拒否反応だの、
 
 
そんな理由で
 
 僕(人類)はゴキブリを殺します。
 
 
 そんな理由が正当化されます
 
 正当化できます。
 
 
なぜなら、
 
 僕の周りには
 ゴキブリが嫌いな人しかいないから
 
 …殺したら賞賛されます。
 
 
 むこうは何も危害を加えていないのに。
  
 これからも危害を加える事は
 無いであろうというのに。
  
 
 
ネズミだってそう。
 
 衛生上よろしくないので、
 屋内で発見されると
 
 駆除されます。
 
 
 
ほかの『害〜』に該当するものすべて
 
 
 理由があれば良いんです。
 
 周囲の賛同さえあれば良いんです。
 
 
 
そこには
 
 命の重さとか尊さのヘッタクレもありません。
 
 
 
しかし、
 
 最近になって
 
 この“あたりまえ”が
 
 疑問に思えてきました。
  
 
 
「殺すことはないんじゃないか?」
 
「駆逐する程度で良いのではないか?」
 
(駆逐=追い払うこと)
 
 
 
一方的な人間の都合で、
 
 
 視界に入っただけのゴキブリの
 
「命」を奪う行為は、
  
 残酷だなあ、と。
 
 
 
 …まあ、そう思いつつも、
 
 
 
 今日も
 
 僕はゴキブリを殺すんだろうけど。 
 
 
 

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